東京地方裁判所 平成7年(ワ)16429号 判決 1999年1月28日
原告
昭和産業株式会社
右代表者代表取締役
籏智良夫
右訴訟代理人弁護士
斉藤浩二
右訴訟復代理人弁護士
小山稔
被告
有限会社小島商事
右代表者取締役
小島祥三郎
右訴訟代理人弁護士
渡辺春己
外一名
主文
一 被告は、原告に対し、原告が、別紙物件目録一記載の建物(以下「昭和ビル本館」という。)の同図面一ないし三記載の外壁について、別紙工事方法記載の工法により修理工事(以下「本件工事」という。)を行うにつき、同目録四記載の土地(以下「被告所有地」という。)上の空間を使用すること並びに同目録三記載の建物(以下「小島ビル」という。)の屋上部分、二階から屋上階までの非常階段及び二階非常階段階下(以下「屋上及び非常階段」という。)に立ち入ることを承諾せよ。
二 被告は、原告に対し、原告が被告に本件工事の着手を通告した日から一週間以内に、小島ビルの屋上部分に設置した仮囲い及び非常階段の手摺りに取り付けたベニヤ板を撤去せよ。
三 被告は、原告に対し、原告が本件工事を行うことを妨害してはならない。
四 原告のその余の請求を棄却する。
五 訴訟費用は被告の負担とする。
事実及び理由
一 請求
1 主文第一、二項と同旨
2 被告が右期間内に右撤去を完全に履行しないときは、原告は、右撤去作業を行うことができる。
3 被告は、原告に対し、右撤去費用を支払え。
4 被告は、原告に対し、原告が本件工事及び右撤去作業を行うことを妨害してはならない。
二 事案の概要
1 原告は、別紙物件目録二記載の土地(以下「原告所有地」という。)を所有し、その上に昭和ビル本館を建築所有している(甲一、二)。
被告は、被告所有地を所有し、その上に小島ビルを建築所有している(甲三、四)。
原告所有地と被告所有地は隣接しており、昭和ビル本館と小島ビルの位置関係は、別紙図面一のとおりである。
2 昭和ビル本館は、建築後三二年を経過し(甲一)、外壁タイルが脆くなり、一部は剥落し(甲五、一五、二五)、美観上のみならず雨露による漏水を防止するためにも、その補修工事をする必要がある。このため、原告は、平成六年五月一八日、東京中央工事株式会社に対し、昭和ビル本館外壁全体の修理工事を発注し、本訴請求に係る外壁以外の三方面の外壁については修理工事を完了した。
3 しかるに、昭和ビル本館と小島ビルは、都心の高層ビル街に所在し、ほとんど境界線一杯に建っているため、本訴請求に係る外壁を修理するためには、隣地である被告所有地を使用し、かつ、小島ビルの屋上及び非常階段に立ち入る必要がある。
4 このため、原告は、平成六年七月一五日、被告に対し、書面(甲九)で、協力を求め、同月二七日には、原告訴訟代理人斉藤弁護士が、被告の代理人山之内弁護士と面談して工事方法について説明し、重ねて協力を求めた。
ところが、被告は、七月二九日夕方、突如、小島ビル屋上の昭和ビル本館に隣接する部分に亜鉛鉄板と鉄パイプとをもって仮囲いを組み立て、非常階段の手摺り部分にはベニヤ板を打ち付けてしまい(以下「仮囲い等」という。)、主文第二項関係、甲一三)、八月一日、原告に対し、小島ビル内の使用立入りは認めない旨を連絡してきた(甲一四)。
平成八年一月五日、昭和ビル本館の外壁タイルの一部が落下した(甲一五)が、被告は、原告に対し、同日付け書面(甲一六)をもって、右落下により小島ビルを損傷しないこと及び小島ビル内の使用立入りは認めないことを申し入れた。
5 本件は、原告が、被告に対し、本件工事を行うため必要があるとして、被告所有地の使用と小島ビルの屋上及び非常階段への立入りの承諾、被告が小島ビルの屋上及び非常階段に設置した仮囲い等が本件工事の妨害になっているとしてその撤去及び被告が本件工事を妨害することの禁止を求めたものである。
6 被告は、1、3のうち、昭和ビル本館と小島ビルは、都心の高層ビル街に所在するため、ほとんど境界線一杯に建っていること及び4は認める、2は知らない、その余は否認すると認否し、次のとおり主張した。
(一) 小島ビルの屋上及び非常階段への立入りは、被告の住居内への立入りに該当するから、被告の承諾が必要であり、判決によって承諾に代えることはできない。
(二) 被告が、平成六年七月二九日、小島ビルの屋上に仮囲いを設置し、非常階段の手摺り部分にベニヤ板を取り付けたのは、昭和ビル本館の外壁タイルが剥がれ落ち、小島ビル及び人身に危険が及ぶことから、防禦のためやむなく設置したものである。
被告には、本件工事の実施を妨害する意図はない。また、仮囲い等を設置せざるを得なくなった原因は原告にあるから、仮に本件工事を実施するためにその撤去が必要だとしても、その費用は原告が負担すべきである。
三 争点に対する判断
1 争いのない事実と証拠(甲一、五、八ないし一六、二〇、二二、二四、二五、二八、乙一ないし七、証人籏智良久及び被告代表者)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。
(一) 昭和ビル本館は、昭和三七年一二月一一日新築された鉄骨鉄筋コンクリート造陸屋根地下四階付一四階建の建物であるが、築後三〇数年を経たことにより、外壁が脆くなり、外壁タイルの一部が剥落し、右剥落部分に雨水が浸入してトイレ等に漏水が発生した。このため、原告は、平成六年五月一八日、東京中央工事株式会社に対し、昭和ビル本館の外壁修理工事を発注し、本訴請求に係る外壁以外の三方面の外壁については工事を完了した。
(二) 昭和ビル本館と小島ビルとは、営団地下鉄銀座線京橋駅から徒歩約二分の距離に所在し、正面入口は銀座中央通りに面している。両建物の位置関係は、別紙図面一のとおりであり、ほとんど境界線一杯に建っている。このため、本訴請求に係る壁面、すなわち、昭和ビル本館が小島ビルと隣接する北側及び西側の壁面と小島ビルの南側及び東側の壁面との距離は、三〇センチメートルに満たず、被告が、平成六年七月二九日、小島ビルの屋上及び非常階段に設置した仮囲い等は本件工事実施の障害となっている。
小島ビルの屋上には、変電設備と空調の室外機が置かれているほかはオープンスペースとなっている。また、非常階段は、文字どおり非常階段として利用されている。
(三) 原告は、平成三年から四年にかけて、小島ビルの北側に隣接する土地(京橋<番地略>)上に存した昭和ビル分館を取り壊し、跡地に昭和ビル別館(鉄骨鉄筋コンクリート造陸屋根地下一階付一〇階建)を新築する工事を行った。
被告は、右解体工事及び基礎工事の振動ににより、小島ビルの正面化粧壁と敷石にゆがみが生じ、かつ、昭和ビル本館の外壁のタイルの一部が落下したと主張し、前者について原告に修復を求めたが、因果関係がないことを理由に拒否された。
次に、被告は、平成三年四月、右新築工事中に小島ビルの換気専用フードを損傷されたと主張して、右工事の中止を求める仮処分を申請した。右仮処分については、平成四年六月和解が成立したが、被告は、原告が、同年九月、和解に沿って建築協定を締結するための話し合い中であったにもかかわらず、仮足場設置工事を強行し、その際、小島ビル二階の窓ガラスを破損したと主張して、再度、右工事禁止の仮処分を申請した。右仮処分については、同年一二月和解が成立した。
原告は、平成六年七月一五日、被告に対し、書面(甲九)で、本件工事への協力を求めたが、被告は、同月一八日付けの書面(乙五)をもって、協議には応ずるが、合意が成立するまでは被告所有地及び小島ビル内への立入りを一切禁止する旨を申し入れ、同月二七日には斉藤弁護士と山之内弁護士との間で協議が行われたにもかかわらず、同月二九日夕方、小島ビル屋上の昭和ビル本館と隣接する部分に亜鉛鉄板と鉄パイプとをもって仮囲いを組み立て、非常階段の手摺り部分にはベニヤ板を打ち付けてしまい、八月一日、原告に対し、小島ビル内の使用立入りは認めない旨を通知した。
平成八年一月五日、昭和ビル本館の壁面タイルの一部が落下したが、被告は、原告に対し、同日付け書面(甲一六)をもって、右落下により小島ビルを損傷しないこと及び小島ビル内の使用立入りは認めないことを申し入れた。
2 右事実によれば、昭和ビル本館と小島ビルの位置関係からして、原告が本件工事を行うには、被告所有地の上空を使用し、かつ、小島ビルの屋上及び非常階段に立ち入る必要があること、被告が設置した仮囲い等が本件工事の障害となっていることが明らかである。
3 ところで、民法二〇九条ただし書きによれば、「住家」に立ち入るには隣人の承諾を要するとされているが、その根拠は、隣人の生活の平穏(プライバシー)を害さないことにあると解される。そして、本件で問題とされる小島ビルの屋上の利用の態様及び非常階段の利用態様に照らせば、これらは「住家」には当たらないと解すべきである。右のような利用態様の下では、そこへの立入りが直ちに隣人の生活の平穏を害するとはいえないからである。
したがって、本件においては、裁判をもって承諾の意思表示に代えることができる。
4 次に、被告は、小島ビルの屋上及び非常階段に仮囲い等を設置したのは、小島ビルの防衛のためであると主張する。それまでの経緯に照らせば、やむを得ない面がないではないが、昭和ビル本館と小島ビルとの隣接関係(壁面間の距離は三〇センチメートルに満たない)からして、仮囲い等が本件工事の障害となっている事実は否定できず、その撤去を求める原告の請求は理由がある。
5 よって、原告の請求は主文第一ないし第三項に掲げた限度で理由があるから、右の限度で認容する。
(裁判官髙柳輝雄)
別紙図面(一)
別紙物件目録(一)〜(四)<省略>
別紙図面(二)、(三)<省略>